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大阪高等裁判所 平成元年(ラ)429号 決定

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は別紙記載のとおりである。

二  本件記録によれば、次の事実が認められる。

1  大阪府地方労働委員会は、申立人を化学一般日本シェーリング労働組合(以下「組合」という。)、被申立人を抗告人とする昭和五〇年(不)第五九号、昭和五二年(不)第四八号及び昭和五三年(不)第六六号不当労働行為救済申立事件において、団体交渉についての不当労働行為の成否に関して次のとおり判断し、昭和五五年六月六日付で別紙一記載のとおりの救済命令(以下「初審命令」という。)を発した。

すなわち、同委員会は、昭和五〇年度冬期一時金、昭和五一年度賃上げ、同年度冬期一時金、昭和五二年度賃上げの各交渉において、抗告人が一貫して組合からの団体交渉に応じないか、あるいはそれに対する回答として、抗告人から組合に対して日時、交渉時間(一時間ないし二時間以内)、出席人数(当初双方七名以内、その後双方四名以内)を指定ないし制限し、かつ抗告人の申入れに対し組合から応諾する旨の回答があり次第場所を通知する旨付記して(その後、場所はすべて会社外の会議場である淀川産業会館と指定した。)団体交渉を申入れ、組合がこれを応諾しない限り団体交渉を行わないとの態度を固執しているとの事実を認定した上、〈1〉団体交渉時間、〈2〉出席人員、〈3〉団体交渉場所について個別に検討しても、抗告人が右のような条件を設けなければならない特別な事情は存在せず、抗告人の右行為は組合の団体交渉権の行使を著しく制限するものであり、かつ団体交渉における抗告人の態度、姿勢も誠意をもって団体交渉に臨んだとはいえないとして、団体交渉に関する一連の行為は不当労働行為に該当すると判断したものである。

2  抗告人は中央労働委員会に再審査の申立をしたが、同委員会は、団体交渉に関する不当労働行為の成否について、抗告人が組合からの団体交渉申入れに応じたことがなく、別個に抗告人から組合に団体交渉を申入れていること、右申入れは、別組合と先に交渉した後、その経過を踏まえて、交渉の日時、場所、出席人員、議題(以下「交渉条件」という。)を自己の都合のみで決定し、これに組合が書面によって応諾しない限り団体交渉を行わないとしていること、団体交渉における抗告人の態度は、組合の申し入れた団体交渉に誠意をもって応じていたとは認められないことを認定して、労使間で合意すべき交渉条件について、抗告人が自己の都合のみで決定し、組合とこの点について話し合うことすらしない抗告人の態度の是正を命じた初審の判断を相当と認め、昭和五八年八月三日付で、「表現の正確を期するため」別紙二記載のとおり初審命令主文の一部を変更し、その余の再審査申立を棄却する命令(以下「本件救済命令」という。)を発した。

3  被審人は東京地方裁判所に本件救済命令の取消の訴えを提起した(同裁判所昭和五八年(行ウ)第一三三号行政処分取消請求事件)ところ、同裁判所は右委員会が申し立てた同裁判所昭和五八年(行ク)第一〇五号緊急命令申立事件について、昭和六〇年一月二四日被審人に対し別紙三記載のとおりの緊急命令(以下「本件緊急命令」という。)を発した。

三  まず、本件緊急命令主文第一項の「被申立人(抗告人)は補助参加人(組合)からの団体交渉の申し入れに対し、被申立人から日時、交渉時間、場所、出席人員、議題を限定して団体交渉を申入れ、この申入れに補助参加人が文書で応諾しない限り団体交渉を行わないとの態度に固執することなく、誠意をもって速やかに団体交渉に応じなければならない。」との趣旨について検討するに、右認定の本件救済命令及び本件緊急命令の発令に至る経緯、本件緊急命令の文言に照らせば、右命令は、労働組合法第七条第二号の禁止する「使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由なく拒むこと」の一場合として、抗告人が組合の団体交渉申入れに対し、これに応じられない正当な理由がないのに、これとは異なる交渉条件を逆に提案し、組合が右提案を応諾しない限り団体交渉を行わないとの対応をすることを禁じたものであり、抗告人が右のような対応をとる以上、組合に対し文書による応諾を要求していない場合をも含むものというべきである。

抗告人は、本件緊急命令は、抗告人から申入れた団体交渉に組合が応じたという形式をとらせること、抗告人が組合からの文書による応諾を団体交渉の条件とすることを禁じたものであり、抗告人が交渉条件に注文をつけ、譲歩を求めることを禁止していないというけれども、一般論として交渉条件の設定が労使の交渉に委ねられているとしても、前認定の経緯から発せられた本件緊急命令は、単に抗告人に右主張のような対応をすることを禁じたに止まらず、抗告人が正当な理由がないのに、自己の都合による交渉条件を持出して、組合との話し合いに応じることなく事実上交渉条件を決定することを禁止しているものと解されるから、抗告人の右主張は採用できない。

四  そこで、抗告人が本件緊急命令に違反しているか否かについて検討するに、本件記録によれば、次の事実が認められる。

1  組合は、昭和六〇年一一月七日抗告人に対し、〈1〉日時 同月一二日、〈2〉場所 本社会議室、〈3〉メンバー 組合三役と執行委員四名、〈4〉議題 組合提出の秋季・年末一時金要求の件、という内容の団体交渉を申し入れたところ、抗告人は同月一一日これを拒否した。さらに、組合は、同月一二日及び一五日に開催日を同月一八日、同月一九ないし二〇日とし、その余は前記と同じ内容の団体交渉を申し入れた。これに対し、抗告人は、組合の右申入れを応諾できない理由を何ら示すことなく、同月一八日組合に対し、逆に、〈1〉日時 同月二〇日午後四時三〇分より二時間以内、〈2〉場所 サニーストンホテル、〈3〉メンバー 会社組合とも四名以内、〈4〉議題 組合要求事項に対する会社回答並びに申入れについて、という内容の団体交渉の提案をし(なお、右提案は従前とは異なり組合の応諾文書を要求しておらず、日程については更に調整する旨付記していた。)、組合がこれに従わない限り団体交渉を行わないとの姿勢を示した。そこで、組合は抗告人に対し本件緊急命令に従うよう抗議したが、抗告人はこれを拒否し、右姿勢を継続した。ところで、抗告人と組合との間では、昭和五一年八月六日、賃上げの実施時期は妥結した月からとする旨の条項(以下「妥結月払い条項」という。)を含んだ協定が締結されていたから(なお、初審命令及び本件救済命令においては、抗告人の右条項の導入自体が不当労働行為であると判断されている。)、組合は昭和六〇年一一月中に妥結しない限り右妥結月払い条項の適用を受けて秋季・年末一時金の実施時期が他の組合員や非組合員より遅れるという極めて重大な不利益を受けることとなり、しかも、他の組合が抗告人との間で先行妥結しており、交渉が前進する可能性がなかったことから、やむなく同月二二日及び二七日抗告人の提案した交渉条件に従って団体交渉を行った。

2  さらに、抗告人は昭和六〇年三月二六日から昭和六三年四月二二日まで組合の度重なる団体交渉の要求に対し、その都度前記1と同様の対応を行ったが(その回数は、少なくとも合計二五回を下らない。)、組合は前記のような事情からやむなく抗告人の提案した交渉条件に従って団体交渉を行っていた。

右認定の事実によれば、抗告人は、昭和六〇年三月二六日から昭和六三年四月二二日までの間、交渉条件についての提案を含んだ組合からの団体交渉申入れに対し、何らその理由を示すことなく、一度もその提案どおりに応諾したことはなく、常に右申入れとは内容を異にする団体交渉を逆提案し、他方、組合は、抗告人の提案する団体交渉を受諾して抗告人との間で団体交渉を行わない限り、前記妥結月払い条項の適用を受けて賃上げ等の実施時期が他の組合員や非組合員より遅れるという極めて重大な不利益を受けることとなるとの懸念から、やむなくこれを受諾して抗告人との間で団体交渉を行っていたことが認められる。

抗告人は、交渉条件の設定は労使の交渉に委ねられており、その結果抗告人の主張に沿った交渉条件のもとに団体交渉が行われ、妥結調印に至っているのであるから、いまさら抗告人が譲歩しなかったことを非難することは許されない旨主張する。しかし、組合が抗告人の提案する交渉条件の下での団体交渉に応じたのは、前認定のとおり組合が右交渉条件を拒否し続ければ、団体交渉の開催が延引して賃上げ等の妥結が遅れ、それ自体不当労働行為に該当すると判断された「妥結月払い条項」の適用を受けて組合が極めて重大な不利益を蒙ることとなることを避けるためにやむをえずこれに応じたものであるから、労使の力関係によって使用者側の提案する交渉条件が組合によって受諾されたという一般的な場合と事情を異にしており、抗告人の右主張は採用できない。

以上によれば、抗告人は、組合からの団体交渉申入れに対し、右申入れとは異なる日時、交渉時間、場所、出席人員、議題等を内容とする団体交渉を提案し、これに組合が応諾しない限り団体交渉を行わない、との対応を続けたものというべきである。

五  次に、抗告人は、団体交渉の日程については組合の申し出た日程に合わせるように努力していること、場所については他の組合と平仄を合わせたために社外の会議施設の使用を提案したものであり、団体交渉に不適切な場所ではないこと、交渉回数、時間については他の組合とほぼ同様であること、出席人員については従前の実績を踏まえたものであることなどから、抗告人が組合の申入れに応じないことには正当理由がある旨主張する。

しかし、前認定のとおり抗告人は組合の申し出た日程を合理的理由を示すことなく拒否したり、申出の日より遅れた日を提案している上、昭和五〇年度冬期一時金交渉以前の団体交渉は社内で行われていたのであるから、他の組合と平仄を合わせるためという理由だけでは団体交渉の場所を社外とする正当な理由があるとはいえない。さらに、団体交渉の時間、回数及び出席人員についても、本件記録によれば昭和六三年度秋季・年末一時金交渉における時間、回数だけが組合の要望にほぼ沿うものであったものの、その余は初審命令の理由中で「指定、限定が組合の団体交渉権の行使を著しく制限するもの」と判断されたのと同じ対応に終始していたことが認められるから、他の組合との比較や従前の実績をもって正当理由があるとは到底いえない。

なお、抗告人は、団体交渉の日程、議題等について抗告人が提案することは不当ではないというけれども、一般的に使用者側が日程、議題等交渉条件について提案することが不当でないとしても、問題は抗告人が提案した日程、議題等に固執することについての正当理由の存否であるところ、本件記録を精査しても、この点についての正当理由の存在を認めるに足りる証拠はなく、右主張も採用できない。

したがって、抗告人が組合からの団体交渉の申入れに応じないことには、正当な理由がないといわざるをえない。

六  以上によれば、抗告人の組合に対する前記対応は、いずれも本件緊急命令に違反し、労働組合法第三二条前段、第二七条第八項に該当するものといわねばならない。そして、本件記録から窺われる諸般の事情を考慮すれば、抗告人を過料一〇〇万円に処するのが相当である。

よって、原決定は相当であって、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人の負担とすることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 中川臣朗 裁判官 緒賀恒雄 裁判官 永松健幹)

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